同人誌「木靴」(小山清創刊)とその同人たち

小山清・石井立・宮城龍一郎・もりたなるお・宮原昭夫=

「小山 清」については、次のサイト内別項目を参照ください。
「小山清の孤独==悲運、薄幸の文士」
小山清が創刊した同人誌「木靴」は国会図書館などに所蔵なく、施設としては
三鷹市の大宰治文学サロンが何点かをまとめて所蔵するようだが非公開で、
他は個人所蔵になるため、普通にはなかなか閲覧できない状況にある。

そこで、収集できた関連書籍や冊子、ネット情報を整理して下表にまとめた。

時代は戦後の混乱期を経て復興期へ、文学の分野は第一次、
第二次戦後派と称される新進作家が活躍するなど活況だった。

他方、文学を志す若者らの作品発表の場は主に同人誌だが、
それは旧来同様に資金面と同人内部の事情から短期で廃刊に
なることが多い中、「木靴」の発行はほぼ20年に及んでいる。

発行は「木靴の会」名で、年2回のペース、小山亡き後(S40/3)も
発行所を小山宅から古賀信夫や宮原昭夫宅に変えるなどして
さらに10年は続いており(S50頃に第32号を発行)、その中には
同人3名(石井、小山、宮城)の追悼号がある。同人の

「木靴」への確かな情熱と結束、努力の積み重ねが伝わる。

同人たちは自分たちが生かされた”昭和”という激動の時代を
見つめ、語り合い、そこに生きることの難しさ、大切さ、生き方を
綴った。現在に知られる名前は少ないが、戦後の昭和文学の
一端を担った若手文士たちの思いが籠る同人誌の一つだろう。

地味だが、戦後の日本文学復興の土台部分が窺える
希少、貴重な文化財であり、散逸が惜しまれる。

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同人誌「木靴」(小山清創刊:S31(1956))の誌名について。

「木靴 1」(創刊号)の扉に、フランスの作家シャルル・ルイ・
フィリップ(1874-1909)の作品「若き日の手紙」の
一節 (外山楢夫訳:岩波文庫)を引用して誌名の由来を
示している。(フィリップの父親は木靴職人

要は…「芸術家の仕事と木靴職人の仕事は、本質に
おいて全く同じで何ら差異はない。」という思いである。

小山の小説「小さな町」および同名の小説集は、フィリップの
短編集「小さな町で」の影響を受けているとみてよかろう。

なお、「木靴」と題する同人誌は他にも複数あり、紛らわしい。
(浅見淵ら創刊(S10)、木下夕爾創刊(S24)の詩誌など)

                (表)「木靴」(小山清創刊)発行状況

「木靴」号 発行年月 掲載が把握できた作品・著者など…太字は詳細を下記 典拠(詳細下記)
1 S31(1956)/3 水野卓郎「勝負」 田中・ネット① 
2 S31(1956)/11 宮原昭夫「みちすじ1」・柳瀬広「小さな廃園」・
石井立「あやまる男」・小山清「ネブタ」
宮原・ネット①・田中 
3 S32(1957)/4  宮原昭夫「浜っ子」・石井立「進歩派」・
小山清「「楢山節考」を読む」
宮原・木靴17・田中 
4 S32(1957)/9 石井立「夜の挿話」・宮原昭夫「みちすじ2」・
宮城龍一郎「PTA総会異聞」 
ネット①・宮原・宮城 
5 S33(1958)/6  松本壮二「河と記憶と雪と」・宮原昭夫「みちすじ3」  ネット①・宮原 
6 S33(1958)/11 宮原昭夫「みちすじ4」・宮城龍一郎「或る死」 宮原・ネット② 
7 S35(1960)/6 宮原昭夫「青空の中の小さな嵐」  宮原
8 S36(1961)/7 宮原昭夫「ごったがえしの時点」   宮原
9 S37(1962)/6 宮原昭夫「赤と黄」・宮城龍一郎「冬陽」   宮原・ネット② 
10 S37(1962)/10 宮原昭夫「日ざかり」   宮原
11 S38(1963)/6 宮原昭夫「呪詛のような」   宮原
12 S38(1963)/8 宮原昭夫「青空と麦畑の間」  宮原
13 S38/9~S39/3 采女其郎「鮒飯」  ネット① 
14 S39(1964)/4 宮原昭夫「椿花咲く大島へ」   宮原 
15 S39(1964)頃    
16 S39~S40/3 もりたなるお「即興のリード」  ネット① 
17 S40(1965)/4 石井立特集号(石井没:S39(1964)1.3・40歳) ネット①
18 S40(1965)/7 もりたなるお「幕下磯風」・古賀信夫「小山清を失なって」  ネット①・田中 
19 S40(1965)/11 宮原昭夫「幻視の坂道」・山本孝夫「ネオンサイン」   宮原・ネット①
20 S40/12~S42/8    
21 S42(1967)/9 小山清追悼号(小山没:S40(1965).3.6・53歳) 田中
22 S43(1968)/4 宮原昭夫「関係」   宮原
23 S43(1968)/8 宮城龍一郎「貴方が一番悪い」  ネット② 
24 S44(1969)/5 もりたなるお「怨霊」・宮城龍一郎「妹の死」  ネット①・ネット②
25 S44~S46    
26 S44~S46    
27 S46(1971) もりたなるお「即興のリード」  ネット① 
28 S48(1973)/2 宮原昭夫「ファルス」・古賀信夫「麻雀の旅」  宮原・ネット① 
29 S48(1973)/8 もりたなるお「即興のリード」・宮城龍一郎「謀叛」 ネット①・宮城 
30 S48(1973)/12 宮城龍一郎追悼号(宮城没:S48.6.23・47歳) ネット①・ネット②
31 S49(1974)頃 もりた・なるお「釣師」 ネット① 
32 S50(1975)頃 大高正博「中間子」  ネット① 
以降の発行有無は不詳 (関係者らによっても、最終号とその発行日は確認されていない。) 


(「木靴」の主な同人)


      *「小山 清」については、次のサイト内別項目を参照ください。
         「小山清の孤独==悲運、薄幸の文士」


 *宮原昭夫 (みやはら あきお:S7((1932) 8.3~ )

   ・昭和7年(1932)8月3日、横浜市生まれ。早稲田大学文学部卒業。(Wiki)

   ・20歳(S27(1952))の頃、小山清に葉書を出して知り合い、小山から
    同人誌「木靴」創刊(S31/3)に誘われて加わった。

     「木靴2」に「みちすじ」を発表、以降、「木靴」に作品発表を続けた。

   ・「石のニンフ達」(S41/11)で文学界新人賞を受賞、第56回芥川賞候補、

     以降、「やわらかい凶器」(S42/6:「文学界」)、「待っている時間」
     (S43/12:「文学界」)で芥川賞候補となった。:

   ・「誰かが触った」(S47/4:「文藝」)で第67回(S47・上半期)芥川賞受賞
   ・横浜文学学校の講師を依頼され(S60(1985)就任、村田紗耶香
     (H28/6:「コンビニ人間」で 芥川賞受賞)らを指導した。
     同校講師を勇退(R3(1981))、名誉講師に就いた。(同校のHP)

    (参考資料)・「三鷹市美術ギャラリー:企画展示「三鷹奇譚」(2026)小冊子」
          ・「宮原昭夫小説選-巻末資料」(2007/8:河出書房新社)

 *石井 立 (いしい たつT12(1923).2.19-S39(1964)1.3)

   ・大正12年(1923)2月19日、 神奈川県横須賀市に生まれる。
    ・昭和15年(1940)4月、麻布中学校から弘前高等学校〈旧制)入学。
    ・昭和18年(1943)4月、京都帝国大学文学部入学、西洋史学専攻。

        同 年    12月、学徒出陣により、宇治火薬廠の役務に服する。
    ・昭和21年(1946)9月、京都帝国大学文学部卒業。
      大阪府池田中学校勤務。
      上京し大地書房に勤務、雑誌「白鳥」の編集に従事。

    ・昭和22年(1947)6月1日、筑摩書房入社。
     大宰治が企画した「井伏鱒二選集」、太宰治「人間失格」などを担当する。

    ・昭和23年(1948)6月13日夜半、太宰治が山崎富栄と共に玉川上水に入水。
    ・昭和23年(1948)6月19日、太宰治の遺体引き揚げに立ち会う。

    ・昭和23年(1948)以降、父(石井正)とともにショーペンハウエルの著書などを
     翻訳、刊行、論考を発表。
    ・昭和29年(1954)3月、詩集「雞の歌」を自選刊行。
    ・昭和31年(1956)、小山清が創刊した同人誌「木靴」に参加。

    ・昭和34年(1959)2月~同35年2月、入院。
     退院後も、再入院、転入院などが続いた。
    ・昭和39年(1964)1月3日、慢性肺性心のため死去。(享年40)

       (上記は主に「太宰治文学サロン通信」(2024 Sep.Vol.63)に拠る。)

    *筑摩書房入社(S22(1947)/6)、大宰治を担当
      
      古田晁(創業、社長)、臼井吉見(雑誌「展望」編集長)のもとで
      編集者として大宰治を担当し、大宰と親しく接した(S22~S23)。
      大宰の企画による「井伏鱒二選集」刊行に際しては、井伏と太宰との
      間に生じた確執の調整に腐心し、太宰の「人間失格」執筆時(S23)
      には執筆の場となった熱海、三鷹、大宮を頻繁に訪れて対応した。

    *「木靴 17」(石井立特集号)について

    ・昭和40年(1965)4月発行の「木靴 17」の表紙には「石井立特集号」と
      あるが、目次の大項目には「石井立の作品」、「石井立の思い出」、
      「故人の生涯」、「石井立のこと」とあり、前年(S39)1月に死去した
      石井の「追悼号」である。
     
     ・宮原昭夫はインタビュー(企画展示「三鷹奇譚」(2026)小冊子)で、
      石井は「木靴」掲載作品の選定に当るなどの役割を担っており、
      小山と石井が同人の主力だったと振り返っている。
      
      実は、この特集号発行の1ヶ月前(S40/3)に小山は死去した。
      「木靴」は柱の二人を相次いで失ったのである。
      残された同人の激しいショックと混乱の中で発行されたと察せられる。

    *「隠れたキーパーソン」(安藤 宏(日本近代文学研究者)


     ・石井について、安藤宏は「隠れたキーパーソン」と題して次のように
      書き出し、その仕事ぶりや人となりを評しているが、このことは小山清
      にも当てはまり、また同人誌「木靴」もまさしくそうした存在といえる。

      「文学の歴史は、一般にほとんど名を知られぬまま、けれどもひそかに
      重要な役割を果たした人々によって支えられている。筑摩書房の
      編集者、石井立もその一人である。」(小冊子「石井立が遺したもの」)


       …そう! これは、文学に限らず「文化の歴史」の本質だろう。
        文化は、もともと市井の人々のエネルギー(意欲と知恵と行動)
        によって成り立ち、引き継がれる。その支持を失えば消えていく…


      (参考資料)・「三鷹市美術ギャラリー:石井立文庫公開記念 企画展示
               「石井立が遺したもの」」(2024)小冊子」
            ・「太宰治文学サロン通信」(2024 Sep.Vol.63)


 *宮城龍一郎 (みやぎ りゅういちろうT14(1925) 9.10-S48(1973) 6.23)

   ・大正14年(1925)9月10日、 東京市目黒区に生まれる。
     (父は沖縄出身の宮城聰(改造社の記者、作家)・龍一郎は長男)

    ・昭和19年(1944)4月、東京農業専門学校林学科入学。

    ・昭和20年(1945)8月15日、群馬県の演習林で終戦を迎える。
    ・昭和21年(1946)1月、東京農業専門学校退学。
                   文学への志向がいよいよつのり、創作に没頭。

      同 年      4月、文化学院へ入学
      同 年      8月、金木町(青森県)に疎開中の大宰治を訪ねる
                   以降、太宰に師事し作品の批評、創作指導を受ける。
    ・昭和23年(1948)3月、文化学院卒業。
       同 年     5月、 山谷京子と結婚。(一男一女をもうける)
       同 年     6月、 三宅島阿古中学に赴任。大宰治の訃報を聞く。
    ・昭和24年(1949)、阿古中学退職。
    ・昭和26年(1951)、八丈島大賀郷小学校に赴任。
      以降、小学校教員を勤めるが、肺結核のため入・退院、転入院などがあり、
      転任、転居を繰り返した。
    ・昭和47年(1972)7月、八王子市立第十小学校勤務(八王子に居住)時に
      虎の門病院に入院、同年9月退院。
    ・昭和48年(1973)5月、虎の門病院入院。
      死の直前まで、妻京子に小説を口述筆記させる。(この作品は「謀叛」で、
      死の直後に発行された「木靴 29」(S48/8)に掲載された。)
    ・昭和48年(1973)6月23日、ホジキン氏病のため死去。(享年47)

    この間、
    ・昭和32年(1957)、小山清が創刊した同人誌「木靴」の同人となり、
     小説「PTA総会異聞」(S32/9)を発表、以降、「木靴」に発表を
     続けた(創作13篇)。
    ・昭和36年(1961)、同人誌「路傍」に加わり、誌上に作品を連続発表
     (創作9篇)。
(注)

      (上記は「宮城龍一郎作品集」巻末所載の「年譜」に拠る。)


      〈注)
「路傍」創刊号の発行は昭和39年である。
         宮城の日記(S39.1.31)には「路傍」創刊号に原稿を書くと
          あり、「木靴」同人の もりたなるお が第1回「作家賞」(S39)
          候補になった「デーモンの子」は「路傍」創刊号(S39/3)
          掲載作品である。(ネット「文学賞の世界-作家賞」)。

    *「木靴 30」(宮城龍一郎追悼号)について

    ・「木靴 29」(S48/8)には死の直前まで妻に口述した「模範」のほか、
      宮原昭夫による追悼文「宮城さんを悼む」が載っている。
      宮原は、石井、小山亡き後、懸命に発行継続を支えた仲間の一人を
      またも失い、どんなにか悔しかったことだろう。
     
     ・次の「木靴 30」(S48/12)を「宮城龍一郎追悼号」として発行し、
      宮城の作品「背中」他2篇を掲載するなどしている。

    *「宮城龍一郎作品集」刊行(S49(1974)/6)

      ・宮城の1周忌にあたる命日に「作品集」が「木靴の会」編集で刊行された。
       小説21篇、日記抄、年譜、解説(宮原昭夫)が収められているほか、
       「宮城龍一郎作品集しおり」が作成されており、井伏鱒二「遺稿のこと」、
       菊田義孝「太宰道場門下生名簿」などが載っている。

      ・日記は「抄」だが、家庭のこと、教員勤務、病気、創作への強い思いなどが
       記されている。「木靴同人会」での集まりや小山を追悼する会で井伏鱒二や
       菊田義孝ら太宰門下と会したことなどに触れている。

      (本書は「国会図書館デジタルコレクション」から、ネット閲覧、印刷ができる。)

  *もりたなるお (森田 成男T15(1926).1.9-H28(2016).11.21)

    ・宮原昭夫がインタビュー(企画展示「三鷹奇譚」(2026)小冊子)の中で、
      「木靴」のメンバーとして名前を挙げているのは、小山、石井のほかは
      宮城龍一郎ともりたなるおの二人である。
      
      また宮城の日記から、同人会などでの宮原、森田との親交が窺える。
      作品掲載状況からも、もりたは「木靴」の主要同人の一人と察せられる。

     ・もりた の経歴は、文春文庫「土俵に棲む鬼」(1992)に次のようにある。
      
       「本名・森田成男。大正15(1926)年東京に生まれる。警察学校卒業。
        故 近藤日出造氏に漫画を、角浩氏に油絵を学ぶ。作家兼漫画家。49年、
        「頂」で小説現代新人賞、55年、「真贋の構図」でオール読物推理小説
        新人賞を受賞。著書に「警察官物語」「無名の盾」「抵抗の器」「忠臣蔵
        の繪」など。」(注:年号は昭和)

        他の資料を併せると、海軍従軍、警察官などを経て近藤日出造に漫画を
        学び、 二科展創設の「漫画賞」第1回(S27)と第4回(S30)を受賞 した。
        
        (この二科展創設の漫画賞は、石子順著「日本漫画史」(1988/2:社会
        思想社)によれば、第7回(S33)をもって終了、この間に賞の名称は、
        「ほろにが賞」「二科漫画賞」「二科賞」「特選」と4回の変更がある。)

        昭和30年代になると、文学同人誌「木靴」「路傍」に加入、「路傍」に
        発表した小説「デーモンの子」は第1回「作家賞」(S39(1964))の候補
        になっており、 小説家をも志したことが分かる。
       
       雑誌の新人賞受賞の後、受賞は逸したが直木賞には5度候補に挙がり、
       (S55下、S61上、S62上、S63下、H2下)、平成5年(1993)には
       「山を貫く」で新田次郎文学賞を受賞した。

       相撲、警察、歴史など幅広な題材によって著書多数、産経新聞では、
        2・26事件を題材とした小説「雪辱」を連載(H6(1994))したほか、
        コラムや挿絵を手がけた。

       平成28年(2016)11月21日、肺炎のため死去。(享年90)


 *小山清追悼号「木靴 21」

   ・小山清の死(S40(1965)/3)から2年半、「木靴の会」は「木靴 21」(S42/9)
     を「小山清追悼号」として発行した。
     
     この間に「木靴 17:石井立特集号」(S40/4)~「木靴 20」が発行され、
     同人の追悼文が載る号もあるが、多くの同人、知友らは「太宰治研究7号
     (小山清追悼)」(S40/9:審美社)」など他の雑誌に寄稿している。

    ・「木靴の会」発行の追悼号「木靴 21」には、井伏鱒二、小田嶽夫、木山捷平ら
     先輩作家や宮原、もりた、宮城ら「木靴」同人、津島美知子、亀井斐子
     (故亀井勝一郎夫人)、辻淳ら知己友人18名による21編の追悼文が載る。
     
     著名作家や個人的にも親密度が濃かった知己の寄稿で、それだけに、
     予定した原稿が整うまでには多くの時間を要したのかもしれない。

(上表の主な資料)

    ・「ネット①」=「「木靴」同人雑誌評の記録」
             (HP「直木賞のすべて」内のページ「文学界」同人雑誌評で言及された
              同人誌名一覧の内、「木靴」30件を抽出下一覧)。
    ・「ネット②」=「沖縄県公文書館が所蔵する「木靴」「路傍」」 (同館のHPで検索)

     ・「田中」=田中良彦著「評伝 小山清」(2208/11:朝文社)
    ・「宮原」=「宮原昭夫小説選-巻末資料」(2007/8:河出書房新社)

     ・「宮城」=「宮城龍一郎作品集」(S49(1974)/6:「宮城龍一郎作品集刊行会」発行、
            「木靴の会」編集、「審美社事業部」制作)
         (本書は「国会図書館デジタルコレクション」から、ネット閲覧、印刷ができる。)

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            (本項「同人誌「木靴」(小山清創刊)とその同人たち」 (R8(2026)/6UP)

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