== 井伏鱒二 荻窪風土記 阿佐ヶ谷文士 ==

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「荻窪風土記」 年表
          
出 来 事 ( / の数字は月/日を示す) 参 考
天正15年
(1590)
 徳川家康は関東6カ国を領地とし、江戸へ入った。 .
慶長5年
(1600)
 この頃 「荻窪村」は上荻窪村・下荻窪村に分けられた。
 
「井草村」が成立したのもこの頃
 関が原の合戦
同 8年
(1603)
.  徳川家康、江戸に幕府を開く
同 11年
(1606)
 江戸城修築用石灰を運搬のため青梅街道が開かれた
 (初期の頃は産地名から「成木街道」と呼ばれた)
 産地の成木村は現・青梅市の一部
正保2年
(1645)
 井草村は今川氏の知行地となり、この後上井草村と
 下井草村に分けられた。
 観泉寺(今川2丁目:荻窪病院前)は
 今川家の菩提寺(東京都指定旧跡)
元禄9年
(1696)
.  千川上水竣工で玉川上水から分水
宝永4年
(1707)
 千川上水から青梅街道沿いへ灌漑用水として分水。 .
明治2年
(1869)
 青梅街道に乗合馬車(新宿〜田無:明治25年廃止)。 .
同 22年
(1889)
 4/甲武鉄道開通(新宿〜立川)。 8/八王子まで延伸。
 町村制で「井荻村」誕生(上,下井草村+上,下荻窪村)。
 新橋〜横浜鉄道開通は明治5年
同 24年
(1891)
 荻窪駅開設:青梅街道と交差する踏切の直ぐ西側に
 駅舎(南口)ができた。(踏切は後にさらに東側に

 約100m移動して大踏切となった)
.
同 31年
(1898)
 2/15 著者(井伏鱒二)生まれる .
同 39年
(1906)
 甲武鉄道国有化=中央線となる。 .
同 43年
(1910)
 荻窪駅は複線化(国分寺まで)。 .
大正4年
(1915)
 現・天沼教会開設 .
同 8年
(1919)
 中野〜吉祥寺に電車開通。(荻窪駅に電灯灯る) .
同 10年
(1921)
 西武軌道会社、荻窪駅(南口)〜淀橋の青梅街道に
 路面電車開業。(後の都電杉並線)
.
同 11年
(1922)
 中央線に高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪の各駅開設。  この頃、荻窪地域にも電灯普及
 地域最初の銭湯「寿湯」開業(天沼)
同 12年
(1923)
 9/1 関東大震災。  路面電車が淀橋から新宿まで延伸
同 15年
(1926)
 町制で井荻村は「井荻町」となる
 井荻町土地区画工事着手(昭和10年竣工)
 内田秀五郎(村)町長が活躍
 (終戦直後には都議会議長就任)
昭和2年
(1927)
 荻窪駅北口開設。
 西武新宿線開通(下井草・井荻・上井草の各駅開設)。
 著者(井伏鱒二)29歳、井荻村住人となる。
 金融恐慌(渡辺銀行等)
 芥川竜之介自殺
同 3年
(1928)
.  張作霖爆殺事件
同 4年
(1929)
 現・東京衛生病院開設。  ニューヨーク株暴落(世界大恐慌)
同 5年
(1930)
.  金解禁・浜口首相狙撃事件
同 6年
(1931)
.  満州事変
同 7年
(1932)
 杉並区誕生(杉並、井荻、高井戸、和田堀、の4町)。
 区内町名大改訂実施。
 井荻町営水道が給水開始。
 「東京市杉並区」となる
 上海事変(第一次)
  5・15事件(犬養首相暗殺)
同 8年
(1933)
 太宰治、外村繁が荻窪界隈の住人となる。
 同人誌「海豹」創刊で太宰、木山がデビュー。
 小林多喜二拷問死
 日本、国際連盟脱退
同 9年
(1934)
 この頃から青梅街道 高円寺〜四面道間の舗装、
 拡幅(25mへ)工事始まる。
.
同 10年
(1935)
.  芥川賞・直木賞制定(第1回)
同 11年
(1936)
 2・26事件:上荻窪の私邸で渡辺陸軍教育総監暗殺。  高橋蔵相・斎藤内大臣も犠牲
同 12年
(1937)
 第1次近衛内閣発足(自宅(荻窪2丁目)は「荻外荘」)。  盧溝橋事件(日中全面戦争へ)
同 13年
(1938)
 著者(井伏鱒二)直木賞受賞(ジョン萬次郎漂流記)  作品は昭和12年11月発表
同 16年
(1941)
 12/8 太平洋戦争開戦。  日本がハワイの真珠湾を攻撃
同 18年
(1943)
.  「東京都杉並区」となる
同 19年
(1944)
 駅周辺と陸橋を残して青梅街道舗装拡幅工事完了。
 12/3 完成を急いでいた天沼陸橋は爆撃で破壊。
.
同 20年
(1945)
 8/15 終戦。  8/6広島 ・ 8/9長崎に原爆
同 26年
(1951)
 西武の路面電車を都が買収、「都電 杉並線」となる。 .
同 30年
(1955)
 現・天沼橋(通称天沼陸橋)完成。
 天沼の「弁天通り」は「教会通り」の名となる。
.
同 31年
(1956)
 都電の起終点を荻窪駅北口前(青梅街道)に移動。 .
同 32年
(1957)
 杉並公会堂落成(平成15年、建て替えのため取壊し) .
同 37年
(1962)
 1/ 地下鉄丸の内線、荻窪まで開通。
 住居表示法により、町名大改訂実施
 この頃、荻窪駅高架化は見送り決定
同 38年
(1963)
 12/ 都電杉並線廃止(都電最初の廃止路線)。 .
同 41年
(1966)
 地下鉄東西線乗入れ(複々線運転)で大踏切廃止。 .
同 50年
(1975)
.  天沼弁天池の所有者移転
同 57年
(1982)
 「荻窪風土記」<新潮社>刊行。 .
平成5年
(1993)
 7/10 著者(井伏鱒二)没  享年95歳。 .
                                         (H15/10更新)
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